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親の“正しさ”が、子どもを追い詰めることがある

理事長 小川先生に伺います。先ほど、受験を成長のプロセスとして捉えるうえで、逆算と順算という概念を出していただきました。親として、この二つをどう捉えればよいのでしょうか。少なくとも、親からの逆算的なものばかりが過剰になることが問題だというお話だったと思います。

小川 ちょうど昨日、私のもとに届いたメッセージがヒントになると思います。今年、私立中学に入学したお子さんのお母さんからのお礼のメッセージでした。

その方は3年半前に私の講座に来られました。お子さんは小3の時点で、強烈な癇癪を起こしたり大暴れしたり、不登校でもありました。学校に行けない。でも中学受験を考えている。お父さんが学習管理をしていたのですが、父子の関係が崩壊し、子どもは心を開かなくなっていて、お母さんも最初はやらせようと頑張っていました。

理事長 家族がかなり追い詰められていた?

小川 そうです。お母さんは「これはまずい。この子を壊してしまっては」と必死で守ろうとした。一方で、お父さんは「今やらなければ間に合わない。苦しんでいるのはわかっている。でもできるようになれば、この苦しみは一時的なもので済む」と言い聞かせるように必死でやっていた。家族が崩壊寸前だったんです。

講座で才能タイプ診断をすると、そのお子さんは、視覚的、映像的な捉え方が先行し、動きとして「できた」という体感を持って初めて理屈が入るタイプでした。聴覚的なアプローチは一番最後に来る。しかしお父さんは、聴覚的、言語的なアプローチで、とにかく管理しようとしていた。そのミスマッチが起きていました。講座を通してそこを学んでいただく中で、お母さん自身の自己変容が起きたんです。

小川さん

最初は「できないこの子を、どうおだてながら、気持ちに寄り添いながら、見捨てずに関わるか」という観点でした。でも、ご自身で気づかれたんです。親の方が「カリキュラムをこなせるほうが望ましい」という正解を持っていて、そこから外れた不登校の子をどう守るか、という発想だったのだと。つまり、本人のスタイルに合わせた学び方が必要だった。そこを受け入れると、なぜ学校に行けなくなったのか、担任の先生とのミスマッチの構造もわかってきました。担任の先生にも子どもの理解に必要な情報をお渡しすることで、コミュニケーションが変わっていきました。

その後、お子さんは学校に行けるようになり、勉強も何となく手応えを感じ始めた。それで、昨日どんなお礼のメッセージが来たかというと、『海城中学に合格しました』と。海城は今、首都圏でトップクラスの超難関校ですから、ご家庭からしても、小学校の先生たちからしてもあり得ない現象が起きたということで、学校側からも『一体何があったんですか?』と問われたそうです。

お母さんが最後にメッセージで『結局、本人そのものを理解し、本人の学びと行動のスタイルを分かって、自分と違う人間なんだということを受け入れることがいかに大事かということを学びました。主人は頭では分かろうとしていますが、まだ受け入れられなくて苦しんでます。やはり正しいと思っていた俺モデルができてほしいというところは抑えられないようですが、もしあのとき講座がなかったらと思うとゾッとします』というメッセージをもらいました。

我々が成長のための受験、学習だと思って取り組んでいる中で、家庭内においてその子自身の存在、多様性というものをスタートラインとして設定できているか。家庭が一人ひとり違うのを受け入れる。子どもの存在そのものを尊重するということが家庭にあったときに初めて、どのような受験設定であれ、子どもの素晴らしい成長チャレンジの機会として生かせていくことができます。

ですから、成長のための受験というものを成り立たせるのは、学校側でも社会でもなく、あるいは公教育のメッセージでもなくて、やっぱり『家庭がどうあるか』というところに行き着かざるを得ないと思います。そして、その家庭の在り方に対する問いが、今、日本社会において圧倒的に欠落しているんじゃないかというところがあります。

情報過剰の中で、親は何に適応しているのか

理事長 今の状況を、過剰と不足という観点で捉えると、どこに過剰があり、どこに不足があるとお考えですか。

小川 私が詳しいのは親御さんの行動なので、その観点から言うと、受験の状況として過剰行動、過剰適応が起きています。それがどこから引き起こされてきたかというと、情報の流れ込みです。SNSの発達と、中学受験の異常な参加のいびつさの相関性が非常に高いと感じています。

現場の親御さんたちを見ていると、入ってきた情報をいかに咀嚼して、いち早く実行しなくては、子どもの伸び縮みが変わり、未来の選択肢や成長のチャンスを失うのではないかという強迫観念がある。情報に翻弄されているのだと思います。

首都圏は学校の選択肢が非常に多い。学校ごとに受験の日程も工夫され、大量の受験情報があります。入試形態も多様です。けれども、合格判定は塾の模試、偏差値評価に依存している。親御さんたちの情報への過剰適応は、偏差値にいかにコミットするかの一本槍になっている。情報をいかに遮断するかが、家庭側のリテラシーとして必須だと思います。

南風原 大学は、競争が以前ほど過剰ではなくなっていると思います。たとえば広尾学園の中で見ていても、東大に浪人してまで行くという感じはあまりありません。あっさり別の大学に行く。日本全体として、以前はだいぶ違っていたと思います。

中学受験や高校受験でも、いわゆる「ゆるふわ受験」は増えてきています。どうしても御三家にという感じは少し減ってきていて、緩和している部分もある。けれども、それを押し留めているのが親ではないかと思います。

理事長 不足しているものは何でしょうか?

南風原 気になるのは公立の教育です。現在の状況の中で公立小学校、公立中学校をどう考えるか。文科省は公立を中心に考えていると思いますが、現実には公立離れ、公立嫌いが出てきていて、かなりの部分が私立に流れていく。ここをどう捉えて、公立の教育をどう立て直していくのか。そこが不足していると思います。

理事長 苫野先生はいかがでしょうか?

苫野 私自身も今、力を入れていることの一つが、公立学校をとにかく素敵な場所にしていくことです。そのアイデアはもう出そろっていて、実装段階に入っています。

今、公立学校が自治体規模で大きく変わってきています。これは日本の教育史上、初めての動きだと思います。私は「学びの構造転換」「公教育の構造転換」というものを長く提唱してきました。学びに関しては、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を、長く提唱し、多くの学校や自治体で少しずつ実現できるよう活動してきました。

これまで、せいぜいクラスレベルや学校レベルでしかできなかったそのような「学びの構造転換」を、今、自治体規模でやろうとしている。しかも、それぞれの自治体同士がつながり合っている。お互いに刺激し合い、手を取り合うと、必ず加速力がついてきます。あと15年から20年くらいで、「学びの構造転換」「公教育の構造転換」に、ある程度メドが立つのではないかと思っています。

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