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イベントレポート

「合格のための受験」から「成長のための受験」へ【イベントレポート】

過熱を続ける中学受験。多くの保護者は、今の受験のあり方に違和感を抱きながらも、「他の家庭がやっていることを、わが家だけやらなくてよいのか」という不安から、競争のレールを降りられずにいます。
教育家の小川大介さんが、RESカンファレンス2026の基調講演「合格のための受験から成長のための受験へ」で示したのは、受験産業の「逆算」と、子どもの「順算」の成長をどのようにすり合わせるかという視点です。方法を増やす前に、まず子どもの「才能の形」を理解し、目の前の我が子を見る。本稿では、「RESカンファレンス2026」における小川さんの問題提起を追います。

約8,000件の相談から見えた、受験家庭の苦しさ

小川さんは、大阪で中学受験専門の個別指導塾を立ち上げ、東京にも展開し、20年弱にわたって代表を務めました。学習や成績に悩む親子を支え、約8,000件の保護者カウンセリングを行ってきたといいます。

そこで抱くようになったのが、「なぜここまで、子どもの本来の力が発揮できない学習状況に追いやられなければならないのか」という疑問でした。

相談に訪れるのは、子どもがつらい表情を見せ、保護者も「私のせいでこの子を追い込んでしまった」と自分を責めている家庭でした。小川さんは、「この家庭に3年前の僕が出会えていたら、この子はこんなにつらい顔をする必要すらなかった」と振り返ります。

こうした経験から、受験指導より前の段階に目を向け、3歳からの子どもの育みと、一人ひとりの才能の形や伸び方を保護者に伝える活動へと軸足を移しました。

90タイプで捉える、一人ひとりの「才能の形」

小川さんは、数千件のカウンセリング経験をもとに、人の才能を90タイプに分類する独自理論をつくったと語ります。
タイプによって学び方は異なります。情報の取り入れ方が違い、「そもそも脳の動き方が違う」のです。人との距離感や社交度、物事に対する楽観度も、生まれ持って一人ひとり異なるのです。

同じ教材や声かけが、すべての子どもに同じ効果をもたらすわけではありません。方法を当てはめる前に、その子がどのように情報を受け取り、どのようなときに力を発揮するのかを見る必要があります。

しかし、現在の中学受験では、子どもの違いよりも、共通のカリキュラムや方法論が優先されやすくなっています。小川さんは、そこに親子を追い詰める構造があると指摘します。

受験家庭の保護者自身も、今の状況を心から正しいと思っているわけではありません。

「おかしいと思いながら、でもそこから抜け出せない、止められない」

背景にあるのが、圧倒的な情報量です。受験情報や書籍があふれ、SNSには方法論や合格のハウツーが流れてきます。「他のお家もやっていることを、うちだけやらないという選択肢があるの?」という恐怖心に突き動かされ、保護者はレールを走り続けます。

しかも、親たちには時間がありません。共働き家庭の多くでは、平日に子どもと寄り添える時間が1時間もなく、「探して30分」です。子どもが複数いれば、「今日はあの子と5分しか話していない」ということもあります。

情報を消化するほど、子どもを見る時間がなくなります。その結果、保護者は効果があるとされる方法を探し、子どもに当てはめようとします。

「一生懸命なんです。一生懸命だから苦しいんですね」

小川さんは、保護者が子どもをないがしろにしているのではないと強調します。しかし、方法論を重視するほど、目の前の子どもから目が離れていきます。方法論の中に、多様な子どもの姿が十分に含まれていないからです。

受験は「逆算」、子どもの成長は「順算」

受験には、入試日という明確な期限があります。そこから逆算して、何年生のどの時点までに、どの範囲を学ぶべきかを決めます。塾のカリキュラムも、合格という結果から逆算してつくられています。

塾が逆算で動くことには合理性があります。計画を立てやすく、行動や成果を管理しやすいからです。

一方、小学生は逆算で成長するわけではありません。発達の過程で大きく変化し、そのタイミングも一人ひとり異なります。小川さんは、子どもは「順算」で成長すると表現します。

今の自分を起点に、わかったこと、できたこと、興味を持ったことから、次の学びへ進みます。逆算でつくられたカリキュラムと、順算で育つ子どものタイミングが重なれば、学力や得点力は伸び、豊富な学習内容が知的好奇心を刺激することもあります。

問題は、そのすり合わせが自動的には起こらないことです。誰かが、カリキュラムではなく、目の前の子どもを見なければなりません。

講演する小川さん

小川さんは、近年顕著になった変化として「親御さんの塾化」を挙げます。保護者が受験ノウハウを学び、家庭でも塾のように指導します。「おうち塾」という言葉も使われるようになりました。

しかし、塾は逆算によって構成されています。その文化を家庭に持ち込めば、「子どもの順算を誰が見るのか」という問題が生じます。

塾が逆算を担い、家庭が子どもの順算を見るのであれば、両立できます。ところが、家庭までが学習量を管理する場所になれば、子どもの今を見る人がいなくなります。

小川さんは、真剣に受験に取り組んだ結果、保護者が子どもの成長を見る方法を見失い、ときには教育虐待にまで至る危うさがあると語りました。

「考える力」とは、わからないことに耐える力

小川さんの90タイプの才能理解において、重要な要素の一つが「身体感覚」です。

受験学習では、言葉や図、視覚情報、聴覚情報が多く使われます。一方で、「わかる感」「できる感」「しっくりきた」「解けたときの気持ちよさ」といった身体反応は、逆算を重視する学習の中で疎外されやすくなります。

「わかった」という身体反応は、次の学習意欲を生みます。わからないことへの気持ち悪さがあり、その先に、わかったときの気持ちよさがあります。そこに、もっと知りたい、もう一度やりたいという成長意欲が生まれます。

ところが、逆算管理では「そんなことはいいから、早くやりなさい」となりやすくなります。ある日はプリントを3枚、調子がよければ10枚ではなく、「5枚なら毎日5枚」というノルマ管理に向かいます。その結果、子どもは自分自身の可能性に気づきにくくなります。

学校も保護者も、子どもに「考える力」を身につけてほしいと願っています。しかし、小川さんは、「考える力とは何なのかを、それこそ考え抜いている大人は少ない」と指摘します。

小川さんの理解では、考えることは知識から始まります。何かを知ることで、まだ知らないことに気づきます。あるいは、知識を得てもなお、わからないことに出会います。その状態を越えようとするとき、人は考え始めます。

そこで必要になるのが、「わからないことに耐える力」です。問題を見た瞬間に「無理」と離れるのではなく、「わからない。何だろう」と5分間粘ります。そこにとどまる力があって初めて、考える力が立ち上がります。

中学受験では、「思考力を問う問題を解かせれば、考える力が育つ」と考えてしまいがちです。しかし、問題量を増やしても、わからない状態に耐え、自分の中で問いを持ち続ける力が自動的に育つわけではありません。

AI時代に求められる「選択、責任、パッション」

講演の終盤、小川さんは、生成AIが進む時代における人間の役割として、「選択、責任、パッション」を挙げました。

自分は何がよいと思うのかを判断し、選びます。選んだ結果を引き受けます。そして、やりたい、知りたい、つくりたいというパッションを持ちます。

では、現在の受験は、子どものパッションを育むものになっているのでしょうか。逆算でつくられたカリキュラムを消化する「マシン」のように、子どもを育ててはいないでしょうか。

学校は入試問題を通してメッセージを送り、家庭はそれを受け取って子どもと対話します。子ども自身が「自分はどう生きたいのか」を考え、自分の道を選びます。受験は、そのための機会にもなり得ます。

小川さんは、合格はあくまで「結果でしかない」と語ります。受験学習を通して得たいものは成長であり、成長するのは子ども本人です。

受験産業が逆算で動くことには意味があります。一方、家庭は、順算で成長する子どもの姿を見る必要があるのです。

一人ひとりの才能の形を理解する。情報の取り入れ方や、人との距離感、社交度、楽観度の違いを見る。「わかった」「できた」「しっくりきた」という身体反応を見る。わからないことに耐えようとする時間を支える。そのうえで、逆算でつくられた受験学習と、子どもの順算の成長をすり合わせていく。

この小川さんが語る「才能タイプ子育て」のメッセージは、新しい方法論を増やすことではありません。

「方法を変える前に、まず子どもを信じ、まず我が子を見る」

「合格のための受験」から「成長のための受験」へ。その転換は、目の前にいる子どもの才能の形を見つめ、子ども自身の成長を受験の中心に置き直すところから始まるのです。


RESmedia編集部

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