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インタビュー

第12回【前編】「学校っぽくなった」からこそ見えてきたもの——FC今治高等学校里山校、189人になった学び舎の現在地【インタビュー】

2024年に34人の1期生から始まったFC今治高等学校里山校(通称:FCI)。現在は3学年で189人となり、生徒の出身は34都府県、海外3地域にまで広がった。人数が増えたことで、学年を越えて取り組めることも増えた。一方で、以前より一人ひとりの状態を把握しにくくなったという。
「よくも悪くも、学校っぽくなってきた」
そう話す辻󠄀正太校長に、3学年がそろった学校の現在地、どんな生徒が集まっているのか、そして岡田武史氏との出会いから始まった学校づくりについて聞いた。

取材・文・撮影=RESmedia編集部

34人から189人へ。増えた多様性と、見えにくくなった一人ひとり

——3学年がそろいました。開校当初と比べて、学校はどう変わりましたか。

辻󠄀校長 開校時は34人で、2025年が110人ちょっと、2026年は189人になりました。よくも悪くも「学校っぽくなってきた」というのが印象ですね。先輩・後輩の関係はかなりフラットですけど、助け合う関係はできてきています。

例えば、まちづくりに興味がある子、医療に興味がある子といったテーマごとに縦割りのグループをつくって、最初にチェックインして、最後にチェックアウトするようなことも始まっています。1期生の時は人数的にできなかったことが、3学年そろったことでできるようになってきました。

——人数が増えたことで、生徒同士の関わり方にも変化がありますか。

辻󠄀校長 1期生の時から多様性はあったんですけど、今はいろんな子がさらに入ってきています。「そういう人もいるよね」「そういう考えもあるよね」というのが、34個しかなかったのが189個になっている。もちろん難しさもありますけど、多様性を受け入れるという部分では、みんな相当鍛えられていると思います。

辻󠄀正太校長

——逆に、189人になったからこそ難しくなったことは。

辻󠄀校長 やっぱり目が届きにくくなりました。1期生の時は、誰が今何をやりたいのか、誰がどんな状態なのか、ほぼ把握できていたんです。当時は体育の先生がいなかったので私が体育の授業もやっていましたし、1on1の時間をわざわざつくらなくても、いつでも話しているような感じでした。

今はQRコードで私の空いている時間を公表して、生徒が1on1を申し込めるようにしています。でも、生徒側からアクションしてくれない限り、なかなか把握しきれないことも増えました。

転学していく子もいます。ポジティブな理由で飛び出した子もいれば、ネガティブな理由の子もいる。後者については、「もうちょっと密にコミュニケーションを取って、早く気づいてあげていれば、もう少しやり方があったのかな」と思うこともあります。そこは日々反省しながら、何かいい方法はないかなと考え続けています。

「ここなら学びを諦めなくていい」。生徒は34都府県、海外3地域から

——この学校を選ぶ生徒には、何か共通する特徴がありますか。

辻󠄀校長 特徴があるとすれば、4分の1くらいは何かしらの形で不登校を経験したことがあるということですね。よその学校よりは多いんじゃないかなと思います。小学校高学年から学校に行っていなかった子もいます。

そういう子たちが、ここで学びを取り戻していく。「ここなら学びを諦めなくてよくなった」と言ってくれる子が多いんです。環境って本当に大事だなと思いますね。

学校へ行かなくなった理由も、必ずしもいじめではありません。大人から「社会とはこういうものだ」と理不尽に押しつけられて、それに耐えられなくなって学校へ行くのが嫌になったという子もいる。そういう子が、ここなら「自分で学校をつくれる」という感覚で来てくれているのかなと思います。

——生徒だけでなく、保護者にも従来の教育への違和感を持つ方は多いのでしょうか。

辻󠄀校長 不登校まではいかなくても、「本当に教育ってこれでいいんだっけ?」と思っている保護者の方が、いろいろ調べて「自分の子にはここが合っているんじゃないか」と見つけてくれることがあります。

岡田さん(岡田武史学園長)が「NewsPicks」や「PIVOT」に出た時に、一気に広がった部分もありました。本人や保護者がサッカーをやっていて、岡田さんをきっかけに学校を知ったというケースもあります。別にサッカーの学校ではないんですけど、「実はサッカーをやっていました」という子は結構いますね。

——地域的には、どこから生徒が集まっているのでしょう。

辻󠄀校長 1期生の時は、北は埼玉や長野くらいで、ほとんど関西寄りでした。大阪、兵庫、あとは愛知あたりが多かった。それが2期生で一気に30地域くらいまで広がって、今年は34都府県です。合格者ベースで見ると、関東が30%くらい、愛媛県も30%くらい。関東は増えたなという感じですね。今は海外3地域もあります。

まだ来ていない地域もあるので、私自身がそういう地域を回り、魅力を伝えていきたいと思っています。

「ここが学校になったら面白い」——岡田武史氏との出会い

——そもそも、辻󠄀校長が今治で学校づくりに関わることになったきっかけは何だったのでしょう。

辻󠄀校長 岡田さんがオンラインの講演会に登壇していて、それを聞いたのがきっかけです。

2022年5月20日か21日くらいだったと思います。その時、里山スタジアムができたらどんな未来が待っているのかという話と、岡田さんが2014年から今治に関わり始めて、なぜサッカークラブだけでなく、まちづくりまでやってきたのかという話をしていました。

また、岡田さんは、これからの社会では小さなコミュニティが大事になると話していました。感情を共有できて、共に助ける「共助のコミュニティ」が必要だ、と。

当時私は、学校の先生を辞めた後、青森でコワーキングスペースを起点にした「コラーニングスペース」という、まちの学校のような学びのコミュニティをずっとやっていました。ただ、「これは何のためにやっているんだっけ」と、ずっとモヤモヤ考えていたんです。それが、岡田さんの話を聞いて、「何か有事があった時、この学びのコミュニティが地域を支える、助け合うコミュニティになるんだ」と、自分がやっていることが整理された感覚を覚えたんです。

——その講演を聞きながら、学校の構想まで思い浮かんだのですか。

辻󠄀校長 里山スタジアムの中で衣食住のようなベーシックインフラが回っていく世界観を聞いていた時に、「ここが学校になったら、めちゃくちゃ面白いだろうな」と勝手に思ったんです。

教育の話は、その時は一切なかったんですよ。でもチャットに「学校になったら面白いですね」と書き込んだら、主催者の方が「直接伝えませんか」と、ウェビナーに登壇者として入れてくれて。そこで岡田さんに直接伝えました。

取材当日はオープンスクールが行われていた。岡田武史学園長も登壇

その後、大学時代のサッカー部のつながりから電話がかかってきて、「お前、すぐ来い」と言われたんですね。今治へ来てみたら、「学校をつくるから校長をやれ」と。

——呼ばれた時には、ある程度学校の構想ができていたんですか。

辻󠄀校長 そう思っていました。でも、全然何もできていなかったんです(笑)。

青森から手弁当で通い、ゼロから学校をつくった

——本当にゼロからのスタートだったんですね。最初に何からつくっていったのでしょう。

辻󠄀校長 「学校をつくるから一緒にやろう」と言われたのが、2022年6月に初めて今治に来たときです。正式に開校準備室ができたのが2023年4月なので、それまでの9、10カ月くらいは、手弁当で青森から通っていました。

カリキュラムも何もないので、最初は岡田さんたち関係者4人で集まって、コンセプトシートのようなものを1枚つくりました。そのコンセプトをもとに、「お前、カリキュラムをつくれ」と言われて。一人でつくって、パワーポイントにまとめて、それを投げては叩いてもらうことを繰り返す。「本当にこれ、雇ってくれるのかな」「本当に学校できるのかな」と思いながらやっていましたね(笑)。

——カリキュラムだけでなく、学校名や理念も同時に考えていったのでしょうか。

辻󠄀校長 そうです。教育理念の言葉を固めていったり、学校名も100以上候補を出したりしました。2023年1月にある程度骨子が固まったところで、「3カ月後に記者会見するぞ」と言われたんです。ホームページもない。パンフレットもない。会場もない。しかも一人準備室だったので、そこからいろんなところに頼んでなんとか記者会見に間に合わせたという具合です。

——教育内容を考える上では、青森での経験がベースになった部分もありますか。

辻󠄀校長 正直に言うと、この学校のカリキュラムは、私が青森でやってきたことをもう一度学校の中に埋め込んでいる感じです。

青森では「まちなかキャンパス」という、まち全体をキャンパスにする取り組みをやっていました。地域企業に大学生を受け入れてもらって、それが大学の単位になる仕組みをつくったりしていた。そういう地域×教育を、この学校の中に持ち込んでいます。

一方で、それとは完全に関係ないところから入っているのが野外体験です。お遍路や雪山体験は岡田さんの強い思いから生まれたものです。3年間で、お遍路、雪山、最後に海外探究へ行くという流れをつくりました。カリキュラムの中身はしまなみ野外学校などにつくってもらっています。

FC今治との関係は

——「FC今治高等学校」という名前ですが、FC今治と学校法人はどういう関係なのでしょう。

辻󠄀校長 法人は全く別です。学校法人とFC今治を運営する今治.夢スポーツは別で、資本の関係はありません。

(学校法人)今治明徳学園は、私が来る前から岡田さんに「学校を何とかしてくれ」と声をかけていたそうです。岡田さんは「客寄せパンダにはならない。そんなことをやっても意味がない。でも、新しい教育をやるなら考えないことはない」と言った。そこから始まったと聞いています。

——別法人だとしても、実際の活動ではかなり接点があるのでしょうか。

辻󠄀校長 私たちは、FC今治がこれまでにつくってきた関係性の上に乗っからせてもらっています。スタジアムで入学式をやらせてもらったり、探究授業をやらせてもらったり。企業ゼミの派遣先や、人の交流でも助けてもらっています。

2027年度のスクールガイドの表紙。
FC今治のホームスタジアム「アシックス里山スタジアム」で撮影された

一方で、ホームゲームの運営ボランティアに高校生がたくさん入ったり、野外学校の小中学生向けプログラムを高校生がサポートしたりして、「人でお返しする」ようなことはかなりやっています。

また、FC今治側からすると、「とうとう学校までやり出したか」と思われる。直接お金を出して学校を運営しているわけではないですけど、それはFC今治にとってもプラスに働いているんじゃないかなと思います。

【中編に続く】

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