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四つの方法論——科学・人文・型・調律
では往還を可能にする具体的な「方法」は何か。大庭氏は、対象と関係の「具体/抽象」の操作によって四つの方法論へ整理した。インテグリティー側には、対象を抽象化し関係を具体化する「科学的方法」(例:E=mc2)。もう一つは対象を具体のまま、関係(意味づけ)を抽象化する「人文学的方法」である。LGBTQをめぐる社会的文脈の変化を例に、「本人は具体的なものとして何にも変わってないのに、そこにある意味と価値…が変わっていく」と語った。

提供:大庭良介氏
インティマシー側には「型的方法」と「調律的方法」が置かれる。「型的方法」では内的な相互貫入関係が抽象化され、外形に残る対象のみが具体化される。武道の稽古に象徴され、決められた形式の反復を通じて、言語化しきれない内的関係の知を「腑に落ちる」形で内面化する。「調律的方法」は、内的な相互貫入関係が具体的な気や雰囲気として立ち現われ、抽象的な対象が具体的な状態や機能として顕現する。場の空気や関係性を読み、自己を調整しながら共鳴を生む実践で、気や愛のような「存在に先行する関係体」を前提にすると大庭氏は述べた。総合智とは、これらを固定化せずに行き来する「知の運動」だという。
AIは「インテグリティーの極限」——だからこそ教育が担うもの
AIの位置づけも、この枠組みで明確になる。大庭氏は「AIはインテグリティーを極限まで研ぎ澄ます存在」と述べ、切り取り・記号化・確率計算によって最適解を出す方向へ進化していると整理した。そこで鍵となるのが、近年語られる拡張知能(オーグメンティッド・インテリジェンス)の考え方である。AIを自律的主体としてではなく、「人間の能力を高めるための道具であって、常に人間の判断を介在させる」ものとして捉える。医療や研究執筆の例では、AIが情報を整理・提示し、人間が生活背景や価値観、問いの意義を引き受けて判断する分業像が示された。
しかし大庭氏は、ここで立ち止まる。補完が無限に続けば、知は増え続け、矛盾も増殖する。「知が多すぎて選べない。正しさが多すぎて決められない。どの解釈も部分的には正しい」と述べ、インテグリティー的処理が飽和する限界状況を描いた。そして「この時にこそインティマシーを考えていく必要がある」と強調する。
AI自身はゼロ/イチの計算原理に基づくため、相互貫入という「立ち位置」そのものには立てない——一方で、矛盾を解消せず保持し続ける「疑似的な相互貫入」を設計することは可能だという。複数の視点や解釈を並置し、揺れ続ける構造を意図的に維持する。その「場」に人間が入り、矛盾を引き受けながら判断を深める。
ここで大庭氏は挑発的に語った。
「拡張知能は、『人間よ悩め』というための仕掛けとして設計されるべきなのではないかと考えています」。

基調講演の様子
教育への示唆——「わかったつもり」を壊す型を設計する
教育に引き寄せれば、AI活用の論点は「便利な自動化」だけでは終わらない。知が増え、答えが複数提示されるほど、学びはむしろ「引き受け」の訓練へ向かう。大庭氏は、熟議シミュレーションや、教育研究における「問い」を残し続けるカリキュラムを例に、結論へ急がず緊張関係を維持する「現代的な型」の必要を説いた。そこで求められるのは「簡単にわかったつもりにならないという型を設計する」ことだ。例えば探究型学習について、「最後にポスターを作ればいいみたいな形のものが多いですが、ダメだと思います」という指摘は、成果物偏重の評価を問い直す。
「型」を教育設計へ翻訳すると、AIに「正解」を出させて終わりにしないことが要点になる。例えば授業の中で、AIに賛否両論や複数の利害関係者の視点を生成させ、あえて整合しないまま提示する。学習者は、どの立場にも完全には立てない不安定さを経験しながら、判断の理由を言語化していく。そうした場は、単なるディベートの技法ではなく、矛盾の中にとどまる「姿勢」を鍛えるトレーニングになる。
さらに調律の次元では、教員の役割も再定義される。大庭氏は、インティマシーの世界では「先生の立ち位置がとても大切になってくる」と述べ、師匠と弟子のように共鳴しながら進む関係の価値に言及した。現在、学校教育は、教科指導と生徒指導、部活動と授業を切り分けて負担を減らす改革が進んでいる。しかし一方で、関係性の学びを担保する設計を失えば、インティマシーを育てる土台そのものが痩せてしまう——講演はそんな逆説を突きつける。
「正しさ」から「判断」へ
AIが整えた知の上に、私たちはなお判断し続けねばならない。大庭氏の言う総合智は、断片化した知を集積する力ではなく、異なる認識様式を往還しながら、判断できる状況をつくる力である。AIが担う「インテグリティーの極限」と、人間が手放してはならない「インティマシー」を、教育はどう接続するのか。答えは一つではない。だからこそ、学びの設計は「わからなさ」と「矛盾」を排除せず、引き受ける場を育てる方向へ——講演は、AI時代の教育改革に対し、方法論からの再点検を迫った。
RESmedia編集部
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